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サイバネティクスを超えて (1)

本研究室は,文部科学省科学研究費補助金新学術領域研究「神経系の動作原理を明らかにするためのシステム分子行動学」に参加し,生物学と工学を融合した研究に取り組んでいます.
先日,「領域ニュース」のvol.2に本研究室における取り組みの一部を紹介しました.
以下,2回に分けてその内容を紹介したいと思います.


サイバネティクスを超えて
〜生物のしくみに学ぶロボティクス〜

■はじめに

「生物が外界からの情報を感覚器を通じて獲得し、中枢で処理し、筋肉系の行動として再び外界に働きかける過程は、機械のシステムと同じ次元で議論できる。」
これはノーバート・ウィーナーが提唱したサイバネティクスの考え方です。
実際、ヒューマノイドに代表される生物型ロボットには、生物と見紛うような動きをするものが多く見られますし、工場で使われるような決まった作業を繰り返し行うためのロボットは、その作業精度と耐久性において生物の能力をはるかに凌駕しています。
しかしながら、その一方で、生物が経験や学習、進化のプロセスを通じて獲得してきた巧みなスキルや臨機応変な判断力など、ロボットで再現することが困難な能力も非常に多く存在しています。
このような能力をロボットに与えるためには、制御や通信といった工学技術の枠に生物をあてはめるというサイバネティクス的アプローチだけではなく、生物の有する機能やメカニズムに正面から向き合い、生物のアルゴリズムそのものを工学的に吸収するというアプローチが必要ではないでしょうか。
そこで私たちの研究班では、生物が有する情報処理メカニズムを「生物のしくみに学ぶ」という立場で理解し、機械システムの設計や制御に応用したいと考えています。
具体的には、人間の生体信号(筋電位や血圧脈波等)を計測・理解し、その結果を利用して電動義手や食事支援ロボットなどの機器を操作する技術[1]や、単細胞生物の環境適応アルゴリズムに基づく移動ロボットの知能化制御技術[2]などを開発してきました。
以下、これらの研究の概要を紹介します。


■運動機能を代行するバイオミメティック人間支援ロボット[1]

人間の身体には脳波や筋電位、眼電位など、さまざまな生体電気信号が存在しています。
私たちはこれらの電気信号を人間とロボットの間のインタフェースの手段として利用することを考え、体内の電気信号を伝搬する神経とインタフェースする人間支援ロボットの開発を目指しています。
例えば、図1は人間の作業を助ける義手型ロボットです。操作者の腕には筋電位を計測するための電極が取り付けられており、筋に強く力を入れるとロボットも大きな力を発揮し、逆に操作者が力を抜いてリラックスするとロボットの腕もやわらかく動作します。
ロボットの制御アルゴリズムには人間の神経‐筋系モデルを組み込んでおり、これにより人間のようなやわらかな動きを再現することができます。
他にも電動車椅子型や食事支援型、音楽演奏型などのタイプがあり、身体障害者の方々の生活支援を目的として開発しています。


図1 義手型人間支援ロボット
計測した筋電位から操作者が意図する筋力、動作、関節の粘弾性を瞬時に読み取り、操作者の運動を再現します。
手首関節を含むハンド部分を取り外して前腕切断者の身体に装着することができ、切断者の意図した運動を代行することが可能です。

[1] 辻 敏夫, 島 圭介: 生体信号でロボットを自在に操る, 電子情報通信学会誌,Vol. 90, No. 10, pp. 854-858, 2007.

<以下,次回に続く>


2011/06/21